蒸気機関車から高速鉄道へ、歴史の礎

栄光の時代



 イギリスが最も繁栄していた時代は、ビクトリア王朝時代と呼ばれております。そして、その時代は鉄道にとっても黄金時代を迎えていました。鉄道会社による技術競争も年々激しくなっていき、それが時に暴走することもありました。

 ロンドンからスコットランドを結ぶために運行している鉄道会社の2社が、それぞれの路線が優れていることを証明することを過熱させていきました。これは俗に「北の競争」と呼ばれています。サービス内容だけでなく、蒸気機関車のスピード自体も競い合っていたため、その後事故が発生。この過剰な競争は社会的な問題となり、鉄道の技術競争は次第にトーンダウンしていきます。このときのイギリスの鉄道技術を支えていたのは、このような技術競争であるという一因もあるため、このことから鉄道の進歩が鈍ったという見方もあります。

 鉄道の競争が過熱していたビクトリア王朝時代は、間違いなく世界最高峰の鉄道技術を持っていたイギリスですが、様々な事故や、自動車という新しい交通機関の登場により、徐々にその栄光を失っていくことになります。時代は常に移り変わり、栄華を誇る時代というのは、見方を変えれば、終わりの始まりなのかもしれません。